Interviews
インタビュー
学生による教員インタビュー
社会課題解決の一歩は、
自分の「常識」を疑うことから
国際社会学・国際社会福祉論 佐々木綾子 准教授
インタビュー日時:2023年1月18日
聞き手:国際教養学部2年 岡本・3年 伊達
ご自身の専門分野、及び、研究の中心的なテーマを教えてください。
私の研究分野は「国際社会学」「国際社会福祉論」になります。
学部生の頃は社会学を学んでいて、社会学のアプローチから、国際結婚という形で日本に定住している家族や外国につながる子どもたちの教育の問題をテーマに勉強していました。社会学というのは、現象を分析し、「実態」を示すことが主になってくるのですが、その中で「実態は分かったけど、この先どうすればいいんだろう」「どうしたら移民や難民と位置づけられる人たちの生きづらさを解消できるのだろう」という疑問が生じたんですね。
それで、修士課程ではアメリカの大学院に行き、社会福祉やソーシャルワークの視点から対象にアプローチするようになりました。「移民国家」と呼ばれているアメリカでは移民や難民に対する公共サービスや社会保障制度などがどうなっているのか、実際に困難な状況に陥ってしまった人たちにどのような支援が行われているのかを学びたいと思ったんです。私がアメリカにいた時には、2000年に人身売買の被害者保護法が成立したこともあり、人身売買に関わる議論が盛んに行われていました。ロサンゼルスにある日系のコミュニティを支えるサービスを提供している団体のうち、人身売買の被害者支援を始めたグループは、デスク一つをやっと置けるスぺースを間借して活動をしていました。大学院はニューヨーク州だったのですが、私は夏休みの期間にそこで実際の被害者支援に携わるインターンの経験をさせてもらい、論文もそのテーマで書きました。
ただ、日本に帰ってきたら、そういった支援を有給でやれるような仕事はあまりなかったんです。最初は研究者になるつもりは無く、就職をして、移民や難民を支援している団体で働きたいと思っていたので、外国人支援の社会福祉法人で働き始めました。
その後、やっぱり社会福祉をもう少し勉強したいなという気持ちになったのですが、当時の日本には、社会福祉学の領域の中では移民難民を対象とするような研究テーマで指導してくださる先生はなかなかおらず、結局また社会学のコースにいきました。ただ、そこでの指導教員の先生は、実は医学で博士号を取得していて、もともとは精神科医でした。「文化精神医学」という領域をご自分でたてていて、移民とか難民のメンタルヘルスに関する研究やトラウマとジェンダーに関わる研究をされていました。私は、社会学の中で別の学位を持った先生が教えていることにすごく惹かれて、そこで博士後期課程をやらせていただくことになりました。
だから私の専門は何かと問われるといつも困るんです(笑)博士号は「社会学」なんですけど、指導してくれた先生の博士号は医学だし、私のバックグランドはソーシャルワークでもできているし、研究テーマは「国際移動」が中心だし。なので、現在は「国際社会福祉論」と言っています。一つのディシプリンでやってきた方にしてみれば、自分の専門領域は深く考えなくとも答えられると思うのですが、私の場合は元々学際的なところでやってきているという感じです。
大学時代はどういった学生でしたか?
私は大学1、2年生の頃は、あまりこれといってやりたいことがなかった気がします。受験が終わった解放感が強かったので、勉強ではないところにやりたいことを求めていました。3年生の時に、外国人労働者や移民について学ぶ「国際社会学」のゼミに入ったのですが、それと同時に自分が普段の生活のなかでいろいろと疑問を感じていた「女らしさ」の呪縛のようなものの正体をもっと学んでみたいと思って「ジェンダー」のゼミにも入ってみることにしました。現在の専門領域に至る直接的なきっかけは、「国際社会学」のゼミのなかで「農村の国際結婚」に関する文献を読み、「こんなことが日本で起きているのか」と思ったことです。
例えば、「結婚」に至るプロセスにもいろんな課題があるのですが、お母さんが外国出身の国際結婚のご家族では、お子さんは学校に行って課題にぶつかる一方で、お母さんはそもそも行く場所すらないわけです。家の中で家事育児や介護をしたりしながら、家族以外の人との繋がりを持てないし、日本語を勉強する機会もほとんどない。そのなかで、離婚やDVなどいろいろな問題に遭ったり、弱い立場に置かれたりしてしまうことが多い、といったことを知りました。そこで、ジェンダーと国際が繋がり、一気にやる気モードになったんです(笑)
教育学部で開講されていた「異文化間理解教育」や外国語学部で開講されていた「広告からみるアメリカ文化」といったような授業も受講したりするようになって、勉強することを「面白い」と思うようになりました。なので、3年生で奮起した感じです(笑)
国際教養学部で研究や教育を行ううえでの面白さや難しさはありますか?
私の博士課程もそうだったのですが、国際教養学部も、自分の研究テーマや自分の研究課題を出発点にして学んでいきますよね。ですので、イシューベース、イシューから始まるというところにとても共感しています。そこは、いいなと思う点でもあり、かつ難しいと思う点です。
これは私の指導教員が言っていたことでもあるのですが、現代のどのような問題や課題も、一つの学問だけでは絶対解決できないんですよ。そうなったときに、一人で学際的にやっていく方法もあるけど、チームを作って、いろんな学問の専門家たちが集まって、共同研究として一つのイシューに向かっていくこともできると思います。国際教養学部は、どちらかというと「ひとり学際」を達成するところだと思うんですね。一つの課題を見たときに、「いろんなアプローチをしないといけないよね」ということに最初から気づけるという意味では、この学部の良い点かなと思います。
ただ、元々の根幹がない中で最初から学際でやっていくのは結構難しいんですよ。例えば、バイリンガルの研究や言語習得に関する研究をしている先生などは、より的確な説明ができると思いますが、基本的な概念を理解しないまま二言語以上の言語環境に置かれて育つ場合、「ダブルリミテッド」になってしまう可能性があるじゃないですか。それと同じように、イシューから出発するとしても、基本的な学術的概念や理論の理解がないまま二つ以上の学問領域で学んでいこうとすると、土台がしっかりしていないので積み重なる知識が中途半端になってしまう。だから、短期間では学びきれない部分が残ると思うんですよね。そこは難しさじゃないかと思います。
これまでの指導学生はどのようなテーマに取り組んでいましたか。
学生さんから見ると、私はいろんなことをやっている人に見えていると思います(笑)実際に、ここ数年の学生さんの研究テーマも、比較的ばらばらなんですよ。
女性ホームレスについてやっていた方もいれば、司法福祉、例えば、罪を犯したとしても、その子たちの背景には虐待やいじめがあったりするんですが、そういうことをテーマに研究した人もいたし、犯罪報道の分析、移民難民や入管問題、外国につながる子どもの保育や教育、フェアトレード、国際開発やエンパワーメント、「母」とはなにか、キルギスの誘拐結婚について、あとは、男性から見たジェンダーの課題に取り組んだ学生さんもいました。
本当に学生さんの研究テーマは多様です。その中で、「ソーシャルワーク」「支援」という部分や、二項対立では捉えられない部分を落とさずに見ていこうという点は、一つ核になっているのかなと思います。
その他に、メジャープロジェクト(MP)における学生の指導において大切にされていることを教えてください。
私自身が「社会問題とは、そもそもそこにあるものではなくて、ある現象を問題だと認識した人や問題を経験した人が『これが問題だ』と語り、声をあげることによって社会問題になる」という社会構築主義的な見方をしています。この問題経験の語りは、「クレイム申し立て活動」という専門用語で呼ばれているのですが、逆に、問題経験を語っても、それが個人の「わがまま」とか「自己責任」などで片付けられて社会問題にならないこともあると考えられています。クレイム申し立てがうまくいくと、社会問題として認識され、社会的な対応がなされるようになるということですね。例えば、同じ「子どもを殴る」という現象でも、昔は「しつけ」だったものが、今は「虐待」だと捉えられるようになりましたし、「夫婦喧嘩」だと思われていたものが、「DV」と名前が付いて社会的な対応がなされてきたわけですよね。ですので、例えば難民や移民、ホームレスなどいろいろな社会問題と言われる問題がありますが、それはなぜ問題とされるようになったのか、誰がどの角度からみて何が問題だと言っているのか、それがどのように社会で対応されていくのかを見ていくことを重視しているという感じです。
学生の皆さんは、実際に課題を解決するために、「何がいい政策なのか」「どう支援すればいいのか」という話になりがちで、支援する側とされる側に分けて、自分が「支援する側」に立って考えてしまうことが多くあります。けれども、社会は皆でできているわけで、支援する人とされる人で二分されているわけではないし、皆さんが常に「支援する側」に立っているわけでもない。私たちも社会問題をつくっている構成員の一人ですよね。社会を変えていくには、自分たちの見方や日頃の行いを変えていく必要があるので、そういう意味では支援というものをもう少し相対的に捉えることも重要になります。支援される側にとって何がいいかというよりは、支援する側に立とうとしがちな自分たちがどういうふうに問題を捉えていて、その見方と「支援される人」が見ている現実とに齟齬はないのかを問うこと。そこに齟齬があると結局はニーズに基づかない支援、マジョリティにとって都合の良い支援をマイノリティに押し付けることになってしまうので、そこの部分を丁寧に分析しようというのは、どのテーマについても言えることだと思います。
「グローバルボランティア」という授業について教えてください。
いわゆる国際的な環境でのボランティア活動を通して、実践現場で得られる経験知を教科書で得た理論的な知識と結びつける、そういった場としてプログラム化しています。行先もいろいろありますが、海外であればできるだけアジア、アフリカ、中南米など、いわゆる「先進国」と呼ばれていないところに行くようにしています。また、言葉や文化そのものを学びに行くというより、現地での活動を通して言葉や文化の意味するところを学ぶ、例えば、「公正」とか「幸せ」とか「人権」など抽象的な概念が自分や相手にとって具体的にはなにを意味しているのかを学んだり考えたりしていただきたいと思っています。
また国内の活動の場合は、移民・難民に関わる映画祭の企画・運営や啓発活動、ムスリムの女性や子どもたちとの交流活動、外国につながる子どもたちの学習支援の教室にボランティアとして入らせてもらって、日本語だけではなくて学校の宿題をサポートするといった活動も行っています。あとは、「フェアトレードちば」という千葉の中でフェアトレードを広める活動をしているグループで、年に一度のフェアトレードイベントのお手伝いやフェアトレードの啓発活動をしていますね。いずれも、研究とある程度結びつくような経験をしてもらうということをしています。
趣味や好きなことはありますか。
今まではずっと「旅行」と言っていたんですよ。いろいろなところに行くのが好きで、ドライブをしたり、スキーをしたり、海に行ったりと家族でどこか遊びに行くのが好きでした。ディズニーには年に一回必ず行っていました(笑)だけど、コロナ禍でそれができなくなり、かわりに映画を見たり、ヨガをしたりしています。趣味がちょっと閉ざされたかなという感じはありますね。最近ちょっと戻ってきたかなと思ったら、子どもたちが大きくなっちゃって、一緒に出掛けてくれなくなってしまいました。
今の大学生に向けてすすめたい活動はありますか。
やはり大学の外に出てみることをおすすめしますね。大学のなかで活動されるのも良いことだと思いますが、地域や別の大学、社会人などと接することでどんどん自分の考え方が広がっていくと思うんですね。なので、ぜひ大学生のうちにいろいろなコミュニティに出入りしてみる。別に一回入ったら抜けられないわけじゃないから。社会人になったら、入るのにも抜けるのにも理由が必要になりますが、学生は比較的自由に出入りできると思うんですね。だから、できるだけ外に出てみたらどうですか?という感じですかね(笑)
社会課題の解決をするためには、まずは自分が「常識」だと思っていることが通用しない環境を経験することが必要だと思います。自分の「常識」が壁になってしまい、何が課題かが見えていないうちは、解決策もありきたりのものになりますので。
この学部への受験を検討している高校生向けに、メッセージをお願いします。
国際教養学部にいらっしゃる学生さんの中で、私が今まで会ってきた学生さんには3タイプいる気がします。1つは、やりたいことが一つ明確にある人。次に、やりたいことが沢山ありすぎて、何をやっていいかわからない人。最後に、特にやりたいことがない人。
今までの国際教養学部では、「学際的にやっていくから、専門を決めなくてもいいよ」と言われていたと思うんですよ。それはそれでいいのですが、何にも興味関心が持てない状態で「とりあえず大学が決まったからいいや」と思って来ちゃうと、4年間で自分の軸足を決めて、自分のイシューを定めて、研究を完成させるというのはすごく大変だと思います。だから、大学に入る前にある程度社会に対する自分の興味とか、世の中で起こっていることに対する関心を持っておくことはすごく必要だと思います。
一つに定めなくてもいいから、とにかくアンテナを張っておくことは、入学した後も重要です。アンテナを張って、アンテナに引っかかるものを調べるのが早ければ早いほど、自分の学びの範囲が広がると思いますし、さらに深めることができる。ですので、アンテナを張って来てくださいということですね。
国際教養学部の今後の展開に期待することはありますか。
私の専門の範囲から言うと、移民や難民に、ジェンダーの視点や、ソーシャルワークの視点を取り入れた研究をしていける学生さんをぜひ育てていきたいという期待・目標はあります。
他方で、ぜひいろいろな考え方に寛容な学部であって欲しいなと思います。せっかく「国際教養学部」なので、自分の専門性を定めたとしても、他の見方があることを忘れないで欲しいですし、学際的に学ぶことに挑戦し続けて欲しいですね。
1・2年生におすすめの本
坂本いづみ・茨木尚子・竹端寛ほか(2021)『脱「いい子」のソーシャルワーク:反抑圧的な実践と理論』現代書館
人々の「生きにくさ」を構造的な力の不均衡から生まれるものと捉え、権力構造のゆがみを是正しようとする「反抑圧的ソーシャルワーク」について、筆者らの経験を交えて書かれた入門書。支援対象者への共感と支援者自身の自己省察を怠ることなく、「変えられない」と思い込んでいる法制度や社会規範をも批判的に捉え直し、周囲と連携しながら建設的批判や社会変革の実現に向けた活動を行おうとの呼びかけに勇気をもらえます。
南野奈津子 編著(2020)『いっしょに考える外国人支援 関わり・つながり・協働する』明石書店
日本では一般的に「外国人支援」や「多文化ソーシャルワーク」と呼ばれている、日本に暮らす移民難民に対する支援活動の現状と課題を概観する入門書。法、医療、教育、生存権保障、DVなどの領域で実際の支援に携わる専門家と研究者によって執筆されており、ソーシャルワークとソーシャルアクションの必要性や重要性が理解できます。
佐々木 綾子(ささき あやこ)
千葉大学大学院国際学術研究院 准教授。博士(社会学)。日本学術振興会特別研究員(RPD)、千葉大学普遍教育センターなどを経て現職。専門は、国際社会学、国際社会福祉論。介護留学生に関する研究や、日米における移民、難民、人身取引問題に関する研究などを行う。主な論文に「Are “Trained” Migrants and “Educated” International Students at Risk? Understanding Human Trafficking in Japan」(Journal of Human Trafficking,6(2), 244-254, 2020)、「『人身取引』をめぐる境界線の交渉:関係性のなかの『尊厳』と『正義』」(ソーシャルワーク研究, 45(3), 44-51, 2019)など。